中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

サイトの選択

 中国に来て、ブログを発行するに当たり、サイトの選択には随分迷った。
 絶対的な条件は日本語と中国語の両方が使えることである。中国のことを書いているのに日本語の漢字を組合わせたものという説明をつけたりしているものを見かけることがあるが、これは自分の美学には合わない。
 このAOLのシステムは実際に使ってみると編集途中で突然画面が変わりせっかく書き込んだ記事が突然消えてなくなったりする悲劇は何度かあり、使いづらいのだが、やはり中国語を表記出来る魅力には勝てない。
 こちらの若い人たちに日本で使っているような繁体字を聞いても彼らのほとんどは「不知道」としか返ってこない。しかし同じこの国の中で広州、福建では繁体字使っているし、中国が「一つの中国」を標榜する限り台湾との関係も重視しなければならないだろう。この調整はつけることができているのだろうか。しかしこれは私が心配することではない。
 簡体字は1950年〜1960年かけて周恩来が中心になって制定したものと聞く。当初は漢字を覚えることの負担から解放しようという意図であったと聞く。しかし負担から本当に開放されているのだろうか。また、この負担から解放することによって、別の部分の能力が伸びることが促進されるのだろうか。いま中国の国内には、繁体字を使うようにしようという動きさえあると聞く。このような政策は非常に長い目で見る必要があるだろう。日本のゆとり教育の失敗を繰り返してはならない。

広告を非表示にする