中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

ドリアン

 街頭で菱の実を売っていた。500g10元かな。値段を聞くのを忘れた。やはり同じように栗を焼いて売っていた。30個ほどで10元であった。これは安全な食べ物と思われるので、買って食べた。日本で売っている天津甘栗ほど甘くはないが、そこそこ美味しかった。
 また町の果物屋さんではドリアンを売っていた。ドリアンといえばシンガポールに駐在時代ドリアンにはまって、出張でくる若手を捕まえてドリアンを食わなければ町を出さないと無理強いをしたことを思い出す。かわいそうに彼は涙を流しながら食べていたが、泣かなければ食えないほど不味いものかなとその当時は思ったが、この感覚が身を滅ぼすことになったのか、シンガポールを追い出された。そしてシンガポール最後の日、すべての荷物を送りだして、最後にシンガポールでなければ出来ないこととは何だろうと考えて、ドリアンを食べに走った。この感覚もまた今から考えれば少し「発想の貧困」の類かなと思うが、貧困の時代は自らの貧困に気付かないものだ。
 ドリアンは当時日本では高級で4000,5000円はしたと思う。当時のテレビでは罰ゲームの罰としてドリアンを食わせることがはやっていたと思う。もう15年ほど前の話だが、ずいぶん勿体ない事をするものだと思うし、自分なら進んで罰を受けよう、いっそのこと会社で営業成績が上がらないときは、罰としてドリアンを食わせるというのはないかなと。
 当時シンガポールでも結構高くて2000円はしたと思う。シンガポール人にとって2000円というのはかなり家計の負担になるらしくて、旬の時は給料日まで待って、家族全員で、バケツとティッシュを持って食べに行くのがトレンドになっていた。ちなみにドリアンは売春街のはずれにあって、子供も一緒にあの界隈に行くのは気が引けないのかな。
 ティッシュとバケツは何でと思われるかもしれないが、あれを食べた人はわかると思うが、ともかく手がどろどろになる、ティッシュで手を拭きながらかずをバケツに放り込みながらあたりかまわず食べ散らかすのがこの醍醐味である。あれはレストランなどで食べるものではない。品格に欠けるというものだ。
 ところでその時友人と行けばよかったのだが、一人で食べに行ったもので、ドリアン屋の兄さんにいいようにだまされて、美味しくないものを高い金を出して食べた気がする。
ドリアンというのは美味しいから食べられるのであって、まずいものはそれこそ食べられるものではない。何しろにおいが強烈なものだから、まずかったらそれこそそのものを食べている感じがするものだ。その時も途中でやめればいいものを高い金を出して買ったものだから貧乏人根性丸出しで、最後は泣きながら食ったことが思い出される。
 今回いくらかと聞くと何と12元という。え、うそーという感じである。買いたかったが、臭いのをホテルに持ち込んで、総すかんを食って、ホテルから学校に「あんたの所の客はホテル全体にあの匂いを発散させて迷惑」と通報されても嫌だからじっと耐えた。
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写真は菱の実、子供のころに食べたことがある。改めて食べるとこれが結構旨い。

リヤカーで売っている菱の実。菱の実は蓮の実とのこと。

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