中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

南京観光


 今日は揚州技術大学の学生のY君のガイドで南京の一日観光に行った。朝8時に高速バス揚州東ターミナルで待ち合わせることとなった。タクシーはホテルからターミナルまで18元で、そこそこの距離であった。
 駅に着くと客引きと思しき人々が一斉に群がってくる。何を言っているか分からぬので「わからん、わからん」を連発してもあいてはお構いなし。Y君に会って彼らは何かと聞くと揚州市内観光の客引きとのことである。市内観光であれば駅から出る人間に群がるのはわかるが駅に入る人間に群がるのは解せない。そういえば彼らは見境がないのか、ホテルの入り口の処で人力車の客引きが「大将、乗ってよ」と。なに考えてんと言いたくなる。乗ったらすぐ降りなければならない。
 駅は連休のせいかすごい人でごった返している。出札口は18か所あるので人が多い割にはスムーズに裁いているようだ。
 運賃は一人32元で、それに保険が2元ついて、計34元であった。南京まで1時間程度の行程ということだ。中国では運賃が安く抑えられているから、人の交通が活発なようである。ちなみにこの保険でカバーされる金額は死亡で200万円、障害で7、80万円程度だったと思う。
 トイレは13年前昔と比べれば格段にきれいになっている。しかし使い方を見ていると若年層と高年層できわめてはっきりした差があった。若年層はこぼれない様に踏み台に乗ってするが、高年層はそんなことお構いなしに、踏み台に向かって「ジャー」。跳ね返ったおつりがこちらにも来て、「うわ!汚な」
 こんなことばかり書いていると、南京に行けず、脱線しそうなので少し真面目に・・。
 バスはそこそこ綺麗で40人乗りで、日本の高速バスと同じと考えればいい。
 南京はY君によると人口800万人の大都市ということであった。その結果住宅費も高騰し、40m2ぐらいのマンションで都心から30分ぐらい離れたところで、1000元/m2になったということだ。それでも日本の半分以下という感じかな。
 そうこうするうちにバスは高速バス南京東ターミナルに着いた。日本では南京というと反日の牙城という視点でとらえているが、自分は別の意味で身が引き締まる思いだった。
 南京の観光は今日は最小限に絞り、雰囲気だけつかめばいいというつもりで、中山陵と夫子廟だけにした。自分としてはあの偉大な孫文陵にお参りするだけでも充分であった。
 ターミナルからタクシーで30元で中山陵に入り口に着く。そこから少し歩いて料金所につく。そのあたりは土産物屋で繁盛している。料金は80元で公共料金が安い中国にしてはえらく高いなという感じである。
 料金所を抜けるとまた高い門があり、そこから御陵の一番上が覗けるようになっている。門から一番上までは38段、31段、31段、31段、31段、41段、63段の長い階段が続き、ようやく廟に辿り着く。これが実に広大な構えで我々を迎えてくれる。廟の中は孫文の石像があり撮影禁止である。観光客が撮影しようとすると衛視が大声で制止をする。
 これが中国の近代化を成し遂げた孫文かと考えると、思わず帽子を取って一礼せざるを得ない気持ちになった。その像の後ろに孫文の遺体が収められている石棺が安置されていた。あの孫文と同じ場所に立っていると考えるとやはりうれしい。

 階段の途中に紫銅で作った巨大な縣があるが、その側面には大きな窪みがあり、それは銃弾の跡のよな感じであった。日本軍はあそこまで攻撃したのだろうか。

 さてその中山陵を後にして夫子庙へ向かった。ここは清王朝時代の科挙の試験が実施された場所である。この入口のそばには科挙の試験に無事合格したはえあるものの銅像が建てられていた。
 またここには遊郭がありこの遊郭の芸妓はそれぞれ楽器などでかなりのレベルに達していたといわれる。 
 また遊郭のそばに川が流れているがその川に沿って短い遊歩道があって、その壁にはこの南京を訪れた人々のレリーフがはめ込まれていた。秦の始皇帝李白などなど自分にもそれだけでうれしくなる様であった。


 ここをぶらぶら楽しんで南京鉄道駅に地下鉄で向かった。地下鉄は最近できたようで、このあと第2線、第3線が計画されているとのことだ。
地下鉄はかなり近代的で設備は素晴らしい物であった。人々はまだ自動改札には慣れていないようで、コインの投入には戸惑っている様子がうかがえた。
 南京から揚州までの汽車は6時31分発が最後であるが、途中がなく2時間も待たなければならなかった。しかも座席はないため立ち席を覚悟したが、幸い揚州まではゆっくり座っていくことができた。
 今日の1日はこうして暮れたが、中国の懐の深さに触れた意義深いものであった。

 

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