中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

国慶節に向けて


 中国では9月29日から10月5日まで国慶節に入る。この期間学校も役所も休みになり、国民大移動だ。13億の人間が動くのだからさぞかし大変なことではないかと想像している。
 これに向け、街のあちこちで準備が始まっているようだ。この揚州の中を流れる古運河(はっきりはしないが、清朝時代には作られていたのではと思っている)でも、10隻ほどの船が電飾を施され、それは美しい情景を醸し出している。この船は祇園祭の山車と同じと思われ、各町や団体がそれぞれ所有するもので、そのパレードがこの運河で行われるものだ。この光景はまた後ほど書くこととする。
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 この写真はホテルの窓からの夜景である。それぞれの大きな建物は電飾が施されているが、これを支える経済力はいったいどこから出てくるのだろうか。これらは政府が援助をしているのかは分からないが、年中照らすとなると相当の電気代になるはずである。










 朝には街角で舞踊、カンフー、気功の練習が行われている。
f:id:China21:20090815143038j:image:right 彼らは年のころ50代、少なくとも40代後半のようである。三々五々集まり、思い思いに練習に精を出している。蝶のように美しく、鶴のように優雅に舞うのがいいらしい。
しかし、見ていると豚のように賑やかに、ガチョウのようによたよたとというのがぴったりのような感じの人もいるが、彼ら自身は完全に陶酔の境地のようである。

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