中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

中国経済の到達点

 今日は休日で、ウエストポーチを求めさまよった。楊州市の中心地にある時代広場というショッピングモールとそこから東西に走る大通りに軒を連ねる店という店を少なくとも100軒ぐらいは見たであろうか。皆さんは私のことをよほど暇と思っておられるかもしれないが、やはり暇なのである。そして気がついたことがある。 
 この国の経済を支えているのは内需であるということだ。生活必需品はかなり低く押さえられいるため、多くの金が消費に回っている。そしてその消費を支えているのは、若者であろう。しかもその中でも若い女性たちではないかということである。彼らは時代的、経済的桎梏から解き放たれ、実に生き生きと飛び出している。もちろん知らない部分のほうが多いだろうが・・。彼らの持つ雰囲気は日本の同世代のもつどちらかというとデカタンな雰囲気とは少し趣を異にしている。
 大通りに面した店では、スポーツ用品店と携帯電話ショップが建ち並びそればっかりという雰囲気だが、大通りに店を構えるモールとなるとそこはファッションの世界だ。実に華やかな世界がそこに広がっている。
 そこをおっさんが一人ウエストポーチを求めてうろうろしていること自体極めて異様な光景だったかもしれない。しかしこのおっさんすぐむきになる方で、ないとなるといやどこかにあるはずだと余計にのめり込むのだ。今までどれだけ失敗してきたことか。しかしそのおかげで、又もや中国の経済的な特性を発見した。
 それはこの国の消費経済はかなりのスピードで発展しているが、しかし今の到達点は、まだ大量少品種であることだ。それは日本の状況とかなり違う。中国の経済がまだ若いということかもしれないが・・。女性のファッションはかなりいろいろの品種にあふれているように思われるが、私から見れば、要求が多様化していないため、品種が限られているということである。つまり女物の靴でもブーツとなると極端に品数が少なくなる。ハイヒールばかりというように。男物のウエストポーチとなると100軒回って、置いている店が2軒しかない。それもスポーツ用品的な感じの布製の安物しか置いていない。ルイビトンやシャネルが軒を連ねるモールでだ。これはいったいどういうことだろうか。
 13億の消費を支える為にはそこまで手が回らないということなのかもしれない。それは中国の経済の到達点でもあるし、世界の経済の到達点でもあるように思う。

広告を非表示にする