中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

 
 ”旬”いつも何気なく使っているが、旬になると、野菜や果物が一斉に街頭に並ぶ。そしてそれが一週間もたたないうちに、どこかへ過ぎ去ってしまうのか、人々は初めから何もなかったかのように、通り過ぎる。またこの一瞬の旬のものは、何ともおいしい。
 この揚州でも栗が、少し前は「旬」であった。街角には焼き栗屋さんが、リヤカーに大きな鍋を乗せて現れ、1キロ10元で、売っていた。旬の時期には結構売れていたみたいであるが、最近ではその姿もあまり見かけない。
 しかし、その年稼ぎが悪かったのか、中にはいつまでも来ない客を待ちうけている人々もいる。

 栗売りの 日長の一日 影長く

 夕暮れ時には、すっかり影が長くなり、あたりには、秋の憂愁が漂う。栗売りたちはこうして、売れても売れなくても同じように来て、路上で一日過ごし帰っていく。その先には子供たちが腹を空かして待っているだろうに・・。

  今天也很长 路上有人卖栗子 影子很无聊 

   jīntiān yě hěncháng
   lùshàngyǒurénmàilìzi
   yǐngzi hěn wúliáo    (李 白扇)  
 

広告を非表示にする