中国のちまた見聞録

中国を素のまま、生のまま捉える様に心がけました


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

タイミング

 普段飲んでいるお茶が切れたので、夕食のついでに買って帰ろうとお茶屋さんに入った。日本でお茶屋さんといえばつい別の店を考えてしまうが、中国ではれっきとしたお茶ばかり売っている店である。この辺りは、お茶の産地を控えているのか、お茶屋さんが相当に多い。これだけ多くの店が、それなりに店を張っているということは、需要が多いということだろう。
 しかしながら、その業態はかなり旧態依然としており、店の作りも古臭い。そして決まって、店番をしている人間は、売ってやっているという感じで、あまり感じがよくない。
 今日入った1軒目は、40前の女性であったが、これが本当に無愛想そのもの。にこりともしない。一包みが大きいので小さいのを注文しようとしたらいかにもめんどくさげに、「おんどりゃ、早う決めんかい。」という感じである。こうなりゃもう買う気は完全に失せて、喧嘩腰である。「お前んとこはこんなまずい感じもんしか置いてないんかい」というわけでおさらばした。
 2軒目に入ったのが、これが又非常にタイミングが悪かった。入ったときにテレビをやっていて、店の亭主はテレビに夢中であったが、そのテレビでは、前の大戦中の物語らしく、日本軍の兵士が、中国人にナイフと突き立て、返り血をドバット浴びた途端のところであった。店の主人はこちらの方をちらっと見ただけで、これまた売ろうという気配など毛頭見せてない。
 これはいささかまずいぞ。変に応対され、「おまえどこから来たんか?」とでも聞かれたら、あんまり、いい場面にはならないなと思っているうちに、店の主人は、またテレビに釘付けになったので、これ幸いと店を出た。別に逃げるわけではないが、触らぬ神にたたりなしである。この街は日本人が少ないのので、彼らはあまり日本人が来たとは思っていないようである。ま、こういうこともあるだろう。