中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

どうやって!?

 最近は授業もある程度ゆとりができ、楽な気持で出来るようになった。
というわけで、ひさしぶりに下ネタを取り出してみたい。不思議なことにこのサイトは下ネタになると盛り上がるのだ。アクセスは急上昇し、めったにない質問もきたりする。
その統計的な優位差は顕著である。地下のヘミング博士もびっくりであろう。
 先日学校の便所で小用を足した。(商用ではない、小用だ。ショウヨウといえば「逍遥」と綽名がついた、悪の頭目がつかまっていた。彼は弱冠30歳で、手下を数百人抱え、恐喝、暴力のオンパレードみたいだったが、新聞の写真では、「日本のやくざ」のように、いかにも「やくざ」ですという顔はしていなかった。此方では、まだ日本のように組織化がされていないのかも知れない。あったとしても、組織論的には、まだ未発達なのかも知れない。これが香港や上海に行けば、ジャッキーチェーンが活躍する世にも恐ろしい中国マフィアが登場するのだろうが、揚州ではそれほどの段階に達していないのだろう。) 
 すっきりしてふと足元を見ると、なんと形も大きさも立派なのがそこに残っているではないか。「嘘ー!?」ということで、その入口を調べてみたが、そんなものが入ってくる入口は見当たらない。「ネズミ一匹は入れません」とよく言われるが、ここでは「うんこの一つも入れません」と分かったような分からないような表現になる。考えられるのは、唯一つ、そこで誰かが用を足したということである。
 このトイレは、新しく作られたものであり、しかもあまり大きくないため、大用があるが、ドアがあるような作りのため、そんなに多くの人数が一度に利用できるようにはなっていない。
  f:id:China21:20090111020414j:image:right 「男子学生が大の用を足そうと思って入ってきたが、あいにく一杯だったので、困った彼は、小ので用を足した。」
 これが、私の推測だ。どうだねワトソン君とでも言いたくなるが、
 左の写真でも見て戴けるとわかるが、男子用のそこは奥行が30cmあるかないかだ。しかも水は横に通した水道から絶えず流れ落ちている。そこにズボンを脱いで、お尻を突き出して用を足せるだろうか。これは大変な難しさではないだろうか。しかも誰が入ってくるか分からない。
 

これは中国雑技団でもしない至難の業といわねばならない。
 ともかく世の中不思議なこともあるものよとただひとしきり驚いている。

 

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