中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

生存競争


 靴磨きの競争もかなり熾烈である。人の流れの上流がいい場所と見えて、いつも一番いい場所にはおばちゃんが陣取っていて、私の顔を見ると、大きな声で、自分の席に座れと要求する。そこから下流に向かって、5,6人が列をなしている。彼らはどうも日変りらしく席を交替している。
 しかしその列ができていた場所もいつの間にか輪タクや自転車(日本でいえば放置自転車)置き場に変わり、おばちゃんたちはその場所での営業はできなくなって立ち退きをせざるを得なくなったようだ。
 しかしあの逞しいおばちゃんたちのことであるから、腰かけと磨き道具を持って、どこか別の場所で営業しているに違いない。そう云えば先日顔見知りのお客らしい人と話をしていたと思うと、歩道のど真ん中にいすを置いて、お客を座らせ、せっせと磨いていたおばちゃんもいた。彼らには50cm四方の場所さえあれば、それがどこであろうが全くお構いがないようだ。
 これも先日の話、街をぶらぶらしていたら、面白いものを見つけた。体重計と体脂肪計を自分でくっつけたような計器を道端において、一回測るごとにお金を取る人を見つけた。珍しいので、写真を撮らせてくれというと断られたが、断る理由があるのかな?

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