中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

古きよき街並み

 食事も毎度毎度どうしょうかと考えるものたとえ外食にせよ面倒なものである。しかし食べないで済ますわけにはいかないので、結局重たい腰をあげどこかに行くことになる。
 今日は散歩のつもりで、揚州で一番古い町を少し歩いた。前にも紹介したが、「東関門」という名前の古い城門のある街並みである。確かに狭い路地の両側は高いしっかりした塀で囲まれていて、いかにも古い城壁の中にいるという感じを起させる。
 前漢時代のものかどうかは分からぬが、相当古いものには違いない。
 屋根には電飾が施され、軒には赤い提灯がぶら下がっていて、なかなか綺麗である。
 この塀の上にも屋根が付いており、古風な町並みが続くとやはりほっとする感じになる。
しかし、この地域はやはり閉鎖的なのか、観光慣れしていないのか、「食事できるか」と入っていくと軒並み断られてしまった。言葉の問題があるのかも知れないが、およそ「食堂」と看板を揚げているからには、それなりの対応をして欲しいものである。

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