中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

マネキンに見る美意識


 
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 この街もずいぶん寒くなった。今ではだれもが完全防備という感で街を歩いている。しかし、このマネキンは相変わらず、このままの恰好で三カ月過ごしたようだ。 
 以前この写真を掲載し、何とも異様な光景だと評したことがある。これは、この中国でもまれな光景かなと思っていた。しかし注意深く観察してみるとこの種のマネキンは決してまれなのではなく、この街ではそこそこ頻繁に見かけるのだ。ということは、これが中国人の美意識なのかなと思ってしまう。確かにチャイナドレスは、あのスリットの間から生足が見えるから魅力的なのであり、あのスリットからスカートなどが見えたら幻滅してしまうのではないかと思うようになった。つまりわざわざ「ドレスの下には何もつけていませんよ」ということを強調しているのではないか。それを強調することによって、上に羽織っているドレスや上着の美しさを強調し、そのことにより女性の素足の美しさを表現しようとしているのではと。
 このように下半身丸出しのマネキンは少し行きすぎとしても。
 日本人の感覚で日本字の美意識で物事を判断してはいけないのではと反省している。こちらのショウウインドウに飾っているものと日本のものはどこか違う。何が違うかと明確に言えないが違うのだ。こちらの高級洋品店と日本のものとの違いを語るには、まだ年季が足りないのかも知れない。これを読み解くには膨大な文化論が背景にあるのかも知れない。