中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

甜菜

 11月の中旬頃だったか、町の屋台に少し短めで太目の大根が売られていた。この大根は切り口は周囲は普通の大根のように少し緑色がかった白色だが、中は鮮やかな紅色をしている。前からずーと気になっていたが、そのままになっていた。
 先日楊州大学の先生にお聞きすると甜菜であれから砂糖を取るのだと教えていただいた。
 今日はじめてホテルの朝食に出されていたので、早速食べてみた。「甘いか?」と聞かれると、少しという程度の甘さで、きわめて糖度は低く、あれから砂糖を取るのは、非常に非効率的ではないかと感じた。生で出されていたが、余り美味しいものではない。その甜菜と同時にスイカも出されていたが、西瓜のほうがずっと甘く感じた。
 町の屋台に砂糖黍も出されている。2メートル程度のもので、1元50毛で、屋台のおっさんに言うとその場で皮をむいてくれて、適当な長さに切ってくれる。中国は大きい国だけあって、食料は実に多彩で豊富である。
中国の砂糖黍はどんなものか食べてみたいのだが、これを食べるには覚悟が必要で、いまだにその勇気は沸いてこない。
 子供ころ約60年前の記憶では、ずいぶん硬いが、かなり甘かったような気がする。日本のものと中国のものでは、あまり違いはないと思うが、この砂糖黍と比べると、甜菜ははるかに糖度が低いのではないかと思う。これから本当に砂糖を取っているのだろうか?
 しかしこれしか採れない北の地方では、効率といっておれないから、これを使っているのだろう。まさに「所変われば品変わる」である。

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