中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

食と値段

 今日は学校のオフィスの引っ越しである。今までいた管理棟とことなり、授業と学生・スタッフの宿舎も兼ねた共用ビルに引越した。このビルにいずれは自分も入ることになる。職員の宿舎部分はまだできていなくて、現在内装中で、この分だと来年旧正月明けになるだろう。実に計画からいえば6カ月遅れである。まだインターネットも敷設されていなくて、仕事にならない感じである。
 引越しのばたばたに対応するため、昼食は普段買うその場で料理するものとは違って、手早くその場で盛り付けてくれる、快餐というものを注文した。値段は普段の5元のものとは異なり2.5元で半額である。
 しかし買って食べようとしが、とても食べられたものではない。ご飯はパサパサで、肉は歯が立たないくらい硬くて、味も何ともまずい。学生たちはこんなものを食っているのかと同情してしまった。殆ど残して捨ててしまった。
 こちらでは食の値段はおおむね決まっているようだ。上にあげた豚のえさのレベルはかなり安くて、1,2元ぐらいまでではなかろうか。
 学生が食べるようなものはおおむね5元程度、普通の市民が食べるものは10元程度、しかし、量的には10元出せば、腹いっぱいになるぐらいの量である。日本人であれば嫌になる程度の量はある。日本人の感覚から考えると随分安いが、これが毎日となるとそこそこ嵩んでくる。夫婦共稼ぎなら何とかやっていけるが、一人だとほかの諸経費があるのでとても食費には出せない。
五元の料理にしても、決してまずいものではなく、そこそこの味と量のもので、これだけでも、栄養失調で死ぬことはない。ただ、プラス・アルファがないだけである。
 もう少し高級で小ぎれいな店に行くと20、30元は必要になる。それより上は、50,60元の高級料理となり、祭りとか特別の時以外は一般市民には手が出せない。
 これらの料理は日本人観光客がお目にかかることはまずないだろう。一般的にツアーで4つ星か5つ星ホテルに乗りつけて、高級レストランで食事をするだろう。それでも、円、元の為替の問題で、いいものを安いサービスを受けることが出来るだろうから。
 ただもし自分でこれらの飯屋、レストランに入る時は、昼飯時の少し前に行くのが望ましい。こちらの昼飯時は11時半ごろから2時ぐらいとなっている。その間はお客が殺到し、日本人がもたもた選んでいると「なにをしているんや」といやな顔をされるのが落ちである。
 そして、2時過ぎになると、今度は従業員の昼飯の時間になる。かれらは、客がいようといまいと机に彼らの料理を並べて一緒に食事をする。5,6人分を机に並べて食べる。
その横で、一人分の料理を注文して食べていると、多少いいものを注文したとしても、量において劣ってしまい、どうしても見劣りがする。となると「何で従業員があんなにいいものを食べているのに、客のこのワシがこんなもんで我慢せにゃならんのだ」という気分になるから不思議である。こうなるとあまり健康にもよろしくない。

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