中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

同僚の結婚式に招待された。はじめての経験だ。期待に胸が膨らんだ。

 こちらの結婚式は、宗教色が全くない。いわば日本でいう披露宴だけで、結婚式としている感じである。彼らは後で(あるいは先に)役所に婚姻届を出して、それで終わりということだろう。日本の結婚式での宗教色は、ある意味では、結婚という儀式の雰囲気作りみたいなところがあり、それがいいというわけではないが・・。
 今回は学校に近くのレストランで行われた。新郎新婦は玄関に立って、来る客に挨拶をするのが通例であるようだ。今回は全体として、非常に質素で、服装もよそ行きの服装ではあったが、ウエディングドレスではない。受付があるわけでなく、来た人は新郎新婦にお祝いを言い、その場で本人に直接お祝いを渡すということである。そばには、お付きの人が付いていて、渡されたお祝はそのままバッグに放り込んでいくという段取りである。
 集まった人は200人ぐらいで、狭い会場にぎっしりとテーブルと椅子が並べられており、ホテルのようにゆとりある空間で、ホテルマンや給仕の女性が細かくサービスするのとは異なり、ただ配膳をするだけという感じであった。
f:id:China21:20090106192042j:image:right 私の席は末席であるし、新郎新婦を見るにも途中に大きな柱があり全く見えないため、そのテーブルの連中は、ご両人そっちのけで騒いでいた。料理はまあまあ美味しい方でそこそこ食べることができた。飲み物はジュースと酒がだされた。酒は白酒といい、無色透明で、アルコール度は50度近くあるいわば焼酎が机に二瓶ずつ置かれていた。酒もジュースも客の好みに合わせるという感じでなかった。日本のようにビールで乾杯という光景は見られなかった。一般的な傾向として、こちらでは、ビールはあまり飲まれていないようだ。圧倒的に中国酒(白酒や老酒)が多いのではないだろうか。(この記事を書いたあと、西安に在住しておられる方が有山日記というブログをだされているが、その中に最近ではビールの伸びはすごく、中国人のビールを飲む量はここ6年連続世界一ということを知り、自分の無知が恥ずかしくなった。しかし、スーパーの売り場では圧倒的に白酒が主流であり、ビールは脇役でしかないのだが・・・。) 
今回は新郎も新婦も、同じ学院の教師ということもあり、列席した人も学校関係の人ばかりであった。テーブルも若干は序列があるものの、日本のようにがちがちの序列というものは見受けられなかった。挨拶も特になく、ただ二人の人となりを若干紹介する程度のくだけた内容のスピーチがあっただけで、後は司会者がじゃべりまくっていた。日本のようにいろんな企画で場を盛り上げるというようなものではなかった。たぶん会場と人間を詰め込み過ぎたのだろう。
 ホテルでの結婚式を垣間見ると、いろんな企画をして、参会者を楽しませるということに気を配っているように思えたので、中国の結婚式が全部今日のようなものだということではない。
 街でも、よく見るのは車を飾り立てて会場に乗り込むとか、田舎の結婚式はトラックに村の楽隊をのせて会場まで行くというのがあるようだ。今回はいずれも見えなかった。