中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

人生これ「塞翁が馬」

 これは日本語教師として1年間の契約が突然解約されたことについての記事である。
 誰でも中国に入国するためには、ビザが必要である。私の場合、1年間の招聘状をもらっているので、当然1年のビザを期待したのだが、年齢制限もあるということもあり、とりあえず6カ月ビザで入国をした。
 そして、入国してから以降、ことある度にビザの延長申請を繰り返してきた。しかし、結果的にはこの手続きは何もなされず、いよいよ旧正月休み中にビザの期限が切れるというところまで来てしまった。
 1月13日から学校は学期休みとなるため、ビザの延長申請は諦め、日本に帰って新たにビザを取得の後、再入国するということで、招聘状を発行してくれるよう学校に依頼してきた。
 ところが学校からもたらされた回答は「招聘状は発行できない。契約も打ち切り」という驚くべきものであった。以降私の悪戦苦闘が始まった。
 学校には契約の完全履行を求めるとともに、不履行になったいきさつを聞き、不履行の際の、ペナルティーというか補償をどう取り付けるか、約5日間の間、学校側と交渉を続けた。勿論エイジェントの先生の電話によるサポートはあるが、基本的には、一人で考え、一人で話をし、一人で交渉しなければならない。ハッキリ言ってかなり疲れる仕事である。学生に教えるのは苦労とも思わないが、この交渉は実際に疲れもし、消耗もした。
 しかしながら、いつまでもブログに残しておくのは、問題があると考えたので、詳しいことはブログから消去してしまうこととした。もう私にとっては過ぎ去ったことで過去のことを穿り返しても意味がないと思うからだ。
 ただもし契約を解除しなければならない事態に至ったときは、自己中心的な態度を捨て、誠心誠意対応していただきたいというのが私の願いである。
 「事実は小説より奇なり」