中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

情人节

 「情人节」これは中国語で、バレンタインデーのことである。この言葉がどのような響きで中国人に語られるのかは知らない。しかし日本人が受け取る響きはあまりロマンティックではなく、むしろ「色香にまみれた」雰囲気を持っている気がする。その理由は、情事、情人(いろ)、色情などの言葉が身近にあるためだ。
 揚州から汽車で上海まで来るまでの5時間ほどの間に、二人の若い人から「情人节」という言葉を知っているか?と尋ねられた。揚州ではさほど感じなかったのだが、この上海では、いたるところでこの言葉が飛び交っているように思う。それだけコマーシャルが行きわたっているのだろうか。この地では、バレンタインデーでチョコレートを贈るというのはそれほどポピュラーではないようだ。
 その代りと言ってはなんだが、花束を持って男性に積極的にアクションをかけるようである。こちらの女性は、日本の女性と違って、はっきりものを言うし、直截的である。あまり言葉に衣を着せて話はしない。男女の間も女性が男性を待つという雰囲気はどうにも感じられない。むしろ女性が主導権を握っているのではないかと感じられることが多い。
 ただ社会的には、女性の地位はまだまだ低いのではないかと感じられる。たとえばホテルのサービス員の多くは女性であるし、そのサービス員を束ねる従業員は男性である。学校の指導部は全員男性であるし、前にも書いたが全人代の構成も圧倒的に男性が多い。
 社会的にはまだまだ男性優位、家庭的には女性優位というところだろうか。これは世界的にも同じような到達点と言っていいのかも知れない。
 さて話を元に戻すが、街や公園では、これはバレンタインデーを祝っているのだなという雰囲気のカップルがそこここで見られるのはほほえましいことである。しかしこの日のホテルはどこもここも満室であるというのはどうも解せない。下世話な言い方をすれば、女性は自分の体をプレゼントに・・。
ともかくこちらの女性は日本と比べるとずっと積極的であることは確かなようだ。
 中国は非常に人が多い。その分人の関係も希薄である。若い女性にも男性が現れかつ消えていくのは日本の比ではないのかも知れない。従って、いい男がいれば早くモノにしないとという意識が働くのかも知れない。それは男性にとっても同じことかも知れないが、社会的地位の要素が入り込むと、おのずと男女の行動にも違いが出てくると思われる。

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