中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

中国古代4大美人

 中国に入って気付いたことは、美人が多いということである。最近身の回りに女っ気がなくなったので余計に感じるのかも知れないが、こちらではそこら辺りに美人がうようよしている。
 また一般的な話であるが、彼らは日本人と比べると少し大柄で、足が長い。日本人の体系も最近変わってきてはいるが・・。
さて本題に入るが、中国の四大美女は西施、王昭君、貂蝉楊貴妃と云われている。

ここに記載または掲載する記述や写真は中国Yahooの「百度百科」からの転載である。
 中国では昔から美人の代名詞のような誉れを受けた4人がいる。それは西施、王昭君、貂蝉楊貴妃の4人である。この4人ともその美しさを称えて、「月は閉じ、花は恥じらい、魚は溺れ、雁は落つ」と云うようだ。
f:id:China21:20090403202045j:image:right 西施は中国の戦国時代紀元前5世紀ごろ、越王から貢物として呉王に贈られ、呉の王夫差を骨抜きにした絶世の美女である。呉の王夫差は彼女におぼれついには、越王との戦いに敗れ、国を滅ぼしてしまう。
 彼女がある時水辺で魚を見ていたら、魚が彼女の美しさに虜になってしまい、ついには泳ぐことを忘れ、海底に沈んでしまったという逸話がある。一度見たいものである。
 ただそれほどの美女でも欠点があり、足が比較的大きかったことで、そのため彼女は足が隠れるスラックス(ズボン)を発明したとのこと。中国で纏足と云う風習が現れたのは南唐の時代だというから、彼女の戦国時代には、足の大きさは女の美醜の基準には入っていなかったようであるから、この評価は後世のものかもしれない。



f:id:China21:20090403201249j:image:left 王昭君は今の湖北省の人であるが、後漢の王の命を受けて匈奴の妃として32歳でその生涯を全うしている。彼女は漢民族匈奴との和睦に大きな役割を果たし、他の3人とは異なり、歴史的に大きな評価を受けている。彼女の美しさをたたえたのに「雁は落つ」と云うのがあるが、彼女は故郷をはるかに離れ、匈奴のところに嫁入りさせられるが、その北の国を渡っていく雁が彼女の美しさに見とれ落ちてしまったとのこと。
彼女の欠点はなで肩であったので、肩当てを入れていたとのこと。









f:id:China21:20090403201023j:image:right 貂蝉はディアオ・ツエンと発音するようであるが、「三国志」の正史の中にはその名前はないが三国志演義の中では、呂布董卓の愛人としてかつスパイとして、働きついには呂布をそそのかして董卓を殺させてしまう。諸説いろいろあり中には関羽の妾であったという説もある。しかし、関羽はその扱いはさまざまな英雄の中でも別格の扱いを受けており、最終的には神の座に上り詰めているので、恐れ多くもめかけを持ったなどいえば不敬罪になるかもしれないので、この話はなかったものと考えたほうがよさそうである。貂蝉のその美しさには月もその前には自らその顔を閉じてしまうという例えもある。





f:id:China21:20090403201102j:image:left 最後に楊貴妃は云わずと知れた唐の玄宗皇帝の愛妾で、皇帝の寵愛を一身に受ける。楊一族も重用されるが、そのために国は乱れ、安禄山の乱がおこるに至りついに死を命ぜられる。享年38歳。164cm、69キロという。幾分太目であるが、彼女のその豊満さが魅力だったとも云われている。彼女が風呂に入ると脂が浮きあがってきたというから相当なものであろう。一説によると150cmとも云われ、検証が必要であろう。彼女の美しさは、「花も恥じらう」と云う言葉で表現されるが、この言葉は未だに生きていて、人々の間で語り継がれている。美人薄命と云うが、比較的長生きをした方だろう。しかし、彼女には人には言えぬ欠点があり、彼女はわきがであったということだ。その為にもたびたび入浴を好んでいたという。本当かなと思うが・・、ま話半分で聞いた方がよかろう。

 今では女性の地位も向上してこのようなことはないだろうが、昔からここにあげる美人だけではなしに、数えきれない女性たちの血と涙と汗の中から歴史が生まれてきていることを忘れてはならない。

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