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中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

石原都知事の「発言」の恐ろしさ 原発は些細な問題か?

石原都知事が新党を立ち上げるため、都知事を投げ出し、妄動に走っていることが、伝えられていた。その中で、かれが維新や「みんなの党」に一緒にやろうと呼びかけをしている。かれが、仲良しグループで一緒にやるのは、彼の問題だから、どうでもいい話である。しかし彼の発言の中で看過できないものが出てきたのでここでふれておきたい。

 かれは、大同団結をして一緒にやろうと呼び掛ける中で、「原発等の問題は、・・些細な問題であるので、先ずは一緒に話をして解決していけなければならない」という意味のことを、公にしている。今の時点で、東北大震災であれだけ重大な問題を引き起こしておきながら、されを些細な問題という神経が常軌を逸している。

 そしてそれに対し、橋元大阪市長は、「彼との間にはそんなに大きな違いはありませんよ」と述べている。ということは、橋元氏自身も原発の問題は些細な問題とらえているのだろうか。かれがいままで言ってきたこととの整合性はあるのだろうか。

 

 東北大震災で原発さえなかったら、これほど深刻な問題にならなかったであろうし、放射能汚染が消えてなくなるまでには、これから数万年かかるとも云われている。その様な被害を人類に日本は世界に与えてしまっているのだ。それを「些細な問題」とすることが出来るのだろうか。