中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

国家のモラルと国家のモラル

 中国は儒教がなお生きている国なのは確かなようだ。事実学校の中や教室の中では実に礼儀正しい。日本で言われているような、暴力的な言動はおよそ見られないばかりか、礼節をもって教師に当たる。  これがバスになると少し様相が異なる。まずバスが来るまではどんなに遅れていようが、忍耐強く待っているように見える。しかし、バスが到着し扉が開くと、今までの忍耐はどこへやら、そこに居合わせるすべての人間が殺到するように見える。ともかく凄まじい。
今度は乗ってしまって、たとえば座席が満杯の状態で、ある年寄りが乗ってくると、中年以降のひとはだいたい席を譲る。それが年齢が少し下がると、何か居心地が悪そうな雰囲気を漂わせながらも、そのまま座っている。さらに若い人になると一般的に無視するが、学生はそれでも譲るようだ。  ところが道路の上になるとそうはいかない。老いも若きも道路上は自転車と人力車や通行人であふれかえる。蟻が這いまわるように一見無秩序にしかし一定の流れを持ちつつ移動する。車はそこをそれなりのスピードで急ハンドル急発進を繰り返すものだから危険極まりない。  この前乗った路線バスなどはあまりの過激な運転のため、発進、停車のたびにスライド式の窓ガラスが開いたり、閉じたり大変なものである。よくこれで事故が起こらないものだと感心する。 12、3年前に上海に行ったときは、車はこれほどなかったようで、自転車も人力車ももっと大らかに走っていたように思う。ところが現在はまるで様相が異なる。 いずれにせよ中国を訪ねる時は、交通傷害保険はたっぷりかけて奥さんを喜ばせてあげるがいいと思う。世の中の男性の多くは、奥さんを喜ばせる方法はこれぐらいしかないのでは?人間の男たちもまたカマキリ同様か。悲しい定めかもしれないが、男とはこういうものかもしれない。  中国では病気の方は、かなり医療も発達しており、都会では田舎の都市でも、病気で急死することはまずないように思うが、交通事故はそうはいかない。
 さて話は変わるが、今滞在しているホテルには今軍隊が泊まっているらしくて、朝には新兵が玄関前に整列して、点呼を受けている。若い男女が半々ぐらいかもしれないが、まだ入隊して間がないのか、整列しても席は乱れるは、頭や顔はぐらぐら動いているわ、挙句の果ては女の子などは髪まで弄っている。鍛える上官も声は厳しいが、それなりの躾をしているのかもしれない。街の中で大衆の目もあるしである。  その関係かも知れないが、一昨日からシステムが変わり、インターネットへの接続が以前のようにできなくなった。インターネットに接続するためには、ホテルのゲートを通過しなければならない。ID番号とパスワードが必要となる。そんなこと聞いてねーよ。中国としても、いらぬことで疑いをもたれるのも面白くないのではと思うのだが。