中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

就職難

 どこも同じで生きていくのには、大変な労力がいる。江蘇省地方税務職員を15,6名募集したところ、なんと126倍の応募があったという。また、やはり江蘇省内のどこかの市が会計士を募集したところ110名の応募があったという。何と110倍だ。
 応募規定は、全員学卒で、業務経験が数年必要ということ・・。
 中国は慢性的な買い手市場で、人件費はかなり低く抑えられている。確かに皆さんに聞くとそれぞれに不満を持っているようである。
 一昔前に日本の賃金は、円レートが非常に高かった折、円レートで割り返し、単純にドルで比較して、「日本の賃金は世界一だ」という馬鹿なことをいう連中もいたようだが、このように単純な比較でその国の賃金やその国の国民の生活が説明できたら言うことなしだ。
 日本の生産力はそれなりに飛躍を遂げた。確かに生産力は重要だ。
 それなりの安定した生活を享受できるようにし、さらに国民の多様な要求を満足させる為には、ある程度の揺れを吸収できる生産力が必要になる。要はこの生産力をどう使うかだと思う。
 しかし、日本では、現実には生産力の向上以前に格差が広がったり、格差を餌に企業への忠誠を要求したりして、結局は「働けど働けどわが暮らし楽にならず」という意識だけが国民の間に残り、豊かになっても「幸せ」だという存在感はついぞ生まれていないのではないだろうか。
 中国は、今日本の現実を直視しどうカジ取りをすべきか悩んでいるのではないかというのは、あまりに善意に考えすぎだろうか。いずれにせよ資本主義の社会では解決策を見出すのは、非常に難しい問題であるような気がする。
 難しく考えれば、このようになるが、要は中国も大変なことだということである。

広告を非表示にする