中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

頑固もの、一皮向けば愚か者

「人は年を取ると頑固になる」とよく言われる。ところがすべての人が頑固になるわけではなく、年をとればとるほど柔軟性を増す人もいる。
 自分はと振り返って考えてみれば、前者のほうになることは間違いがない。時として自分でもいやになるほどこだわり、拘泥してしまう。「この局面では、相手の言うことをもっと聞いてやらないといけない」「もっと寛容にならなければいけない」と思いつつ、そうできない自分がそこにある。特にそのような関係を醸成しがちなのは、夫婦の関係じゃないかと思う。他人であれば二度と相手にしてくれないが、夫婦であれば「お互い」という甘えがある。そこには緊張感がない。「今年こそは・・」と思いつつ、また同じことを繰り返しつつある。
 ところでこの「頑固」という言葉は日本ではもっぱら「かたくなである」という意味に使われているようだ。中国ではもちろん日本と同じ意味があるが、それ以外に「愚かである、保守的である、反動的である」というようにもう少し広い意味にも用いられるようである。もう一歩突っ込んで「頑」で引いてみると、「かたくなである」以外に蒙昧無知とほぼ同様の意味を持つ「愚蠢无知」とあり、愚かで無知ということでおよそほめられた話ではない。
 気をつけないと「待ちぼうけ」のウサギのように硬い切り株に頭をぶっつけて死んでしまうのかもしれない。ちなみにこの頑固のことは英語で「stubborn」ともいい、「生まれつき切り株のように硬い頭」という意味だ。