頑固もの、一皮向けば愚か者
「人は年を取ると頑固になる」とよく言われる。ところがすべての人が頑固になるわけではなく、年をとればとるほど柔軟性を増す人もいる。
自分はと振り返って考えてみれば、前者のほうになることは間違いがない。時として自分でもいやになるほどこだわり、拘泥してしまう。「この局面では、相手の言うことをもっと聞いてやらないといけない」「もっと寛容にならなければいけない」と思いつつ、そうできない自分がそこにある。特にそのような関係を醸成しがちなのは、夫婦の関係じゃないかと思う。他人であれば二度と相手にしてくれないが、夫婦であれば「お互い」という甘えがある。そこには緊張感がない。「今年こそは・・」と思いつつ、また同じことを繰り返しつつある。
ところでこの「頑固」という言葉は日本ではもっぱら「かたくなである」という意味に使われているようだ。中国ではもちろん日本と同じ意味があるが、それ以外に「愚かである、保守的である、反動的である」というようにもう少し広い意味にも用いられるようである。もう一歩突っ込んで「頑」で引いてみると、「かたくなである」以外に蒙昧無知とほぼ同様の意味を持つ「愚蠢无知」とあり、愚かで無知ということでおよそほめられた話ではない。
気をつけないと「待ちぼうけ」のウサギのように硬い切り株に頭をぶっつけて死んでしまうのかもしれない。ちなみにこの頑固のことは英語で「stubborn」ともいい、「生まれつき切り株のように硬い頭」という意味だ。