中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

市中雑感

f:id:China21:20090113230156j:image:right このところ結構忙しくて、ホテルに籠りきりであったが、体にも悪いし精神的にもよくないので、街に出てみることにした。街の雰囲気はしばらく?見ぬ間にだいぶ変わっていた。ほんのちょっとした間であるにもかかわらず、えらく変わるものだと感心した。何が大きく違うかというと、やはり町全体が正月の準備にかかっており、正月を迎えようという雰囲気が濃くなっていたことである。新暦の正月とえらい違いである。

 例えば店の棚には、正月関連の張り紙(喜ぶという字を二つ書いたものや福というを書いて反対にして張り付ける縁起物がずらと陳列しているし、お年玉の袋、年賀カードなども品ぞろえをしている。陳列棚もガラッと変わり以前あった商品が別のところに移り、その代わり正月に向けた商品がその主格を占めている。
 こちらの商品は日本と比べて大体が派手である。ほとんど原色に近い赤(朱というべきか紅というべきか)に金色の配色である。日本のように、金色を少し鈍くさせたり、赤にしても少し黒色を混ぜて中間色にするということをせず、ほとんどそのままの色を使っている。あるがままを主張するという風に感じられ、人為的に周囲になじませるというより、「そこに我あり」的な表現が好まれるようである。これも国民性なのか。しかしながらこの辺りの自己主張の違いが、日本人から見て中国人の少し馴染めない部分なのかも知れない。
 誰かが言っていたが、「中国の風土にはあの朱に青い色の屋根がよく似合う。たとえば緑の少ない乾いた黄土や砂漠の中ではあの色が映える」とのことである。そうかもしれない。一度ゴビ砂漠でも行ってこの風景を見たいものだ。

 

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