中国旅行は中国と日本の絆の見直し

中国の人々や歴史を日本人との関係で捉えなおすよう心掛けた


 「淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まることなし」
  今から5、6年前中国を通算2年をかけて旅行した。中国語でいう「旅游」である。

 日本のように圧倒的に単一民族が支配的である国に対して、中国の広大で且つ多くの少数民族を内に包含し、多少の矛盾はありながらも、国としての体勢を2000年間の長きに亘って続けてきたということは、それだけでも畏敬に値する。

 今回の旅は現実の姿に直接触れることにより、中国の良さと遅れた点を垣間見ることができたと同時に、日本との関係において改めて日本を見直すきっかけになったと思う。

 このブログはその時の記録である。これ以上無理解による反目が広がらないことを祈る。

     目指すは「坊ちゃん」と「ドクトルマンボウ航海記」    (李 白扇)
 

 
 

虎を描きてならず返りて犬に類す

 インターネットを覗いていたら、中国の装飾品を売っているある店で虎の置物を作ったということが紹介されていた。置物といっても全長5、60cmほどもありそうな大きなもので、その体全面に真珠らしきものがちりばめてある縁起物である。なるほど中国の人は干支で縁起を担ぐのだなと感心したが、その一方で、その力作の「虎」を見るとおよそ虎には見えないお粗末なものであった。これではいくら真珠をちりばめて高価に仕立てたとしても、興がそがれてしまうような代物であった。
 そこで思い当たるのが、この記事の題にもした故事である。これは下記のようなものである。

後漢の将軍馬援という人が自分の甥に送った手紙に自分の尊敬する杜季良という人の名前を上げ、「彼のまねをしてその通りならなかったら、ただ軽薄の人に終わるだろう。いわゆる虎を描きてならず、かえって犬に似てしまう類だ。心してほしい。」彼の甥は彼の忠告を良く守り、確かな人物としてその生を全うしたという。 

素質のない人が優れた人のまねをして軽薄に振舞うことの戒めである。馬援がいおうとした事と少し違うが、状況的にはまさにうってつけの局面である。